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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)1340号 判決

原告 ハリマヤ運動用品株式会社

右代表者代表取締役 与田勝蔵

右訴訟代理人弁護士 長尾章

同 吉田稜威丸

被告 矢野友秋

右訴訟代理人弁護士 伊藤利夫

主文

1  被告は原告から金百十万円の支払を受けるのと引換に原告に対し別紙目録(二)記載の建物を引渡せ。

2  被告は原告に対し金三千八百六十七円三十八銭を支払え。

3  原告その余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、被告が別紙目録(二)記載の建物(本件建物)を昭和三四年八月八日以前から所有し、その敷地として本件土地のうち別紙目録(一)記載の二七坪八合二勺(本件敷地)を占有していることは当事者間に争いがない。

二、そこで先ず原告の主張する本件土地(本件敷地も含む)の所有権取得原因について判断する。

(一)  成立に争いがない甲第一号証≪省略≫を綜合すると、

(1)  本件土地はもと株式会社勧業銀行の所有であつたものを、訴外お茶の水P・T・Aがお茶の水女子大学附属中学校の運動場にあてる目的で昭和二四年三月二九日他の五筆の土地と一括して同銀行から買受けたものであるが、同P・T・Aは法人格を有しない社団であつたため(法人格のない点は当事者間に争がない。)お茶の水女子大学の前身である東京女子高等師範学校時代に設立されその外郭団体として活動していた財団法人生和会の承諾を得て(同月二五日頃)同年四月六日生和会名義でその所有権取得登記を経由したこと、当時お茶の水P・T・Aと生和会との間で交換せられた文書の写である甲第四号証の一、二によれば、生和会はお茶の水P・T・Aにおいて購入した本件土地ほか五筆の土地について直ちに処分を決定しかねるというので、当分の間生和会名義で所有権取得登記をすることを承諾しかつ、後日お茶の水P・T・Aにおいて自由に右各土地を処分しても異存ない旨を確約したこと。

(2)  お茶の水P・T・Aはその後、お茶の水女子大学附属高等学校P・T・Aとお茶の水女子大学附属中学校P・T・Aに分れたので、本件土地は当然両P・T・Aの共有するところとなつたが、各P・T・Aとも依然として法人格なき社団であつたため、本件土地の登記名義は財団法人生和会として登記したままであつたこと。

(3)  その後前記一括購入した六筆の土地(合計一、六七六坪)のうち本件土地ほか一筆は飛び地のため運動場敷地として使用に適しないので、附属中学、附属高校各P・T・Aから選出された連絡委員会の協議に基き、両P・T・Aは昭和三四年八月七日原告に飛び地となつた本件土地ほか一筆を売渡し、同月八日原告はその所有権取得登記を経由したが、前示のとおり登記簿上は財団法人生和会の所有名義で登記されていたため、登記申請手続にあたつては生和会から買受けたもののように表示されたこと。

(4)  しかしながら売買代金は勿論、売却までの期間の本件土地の賃料(本件土地の賃貸借関係は後記認定のとおりである)もすべて両P・T・Aの収入となつていたものであり、反面また本件土地の固定資産税は、同P・T・Aの予算に計上、支出されていたこと。

がそれぞれ認定できこれに反する証拠はない。

(二)  右に認定したように、本件土地は法人格のない社団であるお茶の水P・T・Aが取得ししたがつてその後身であるお茶の水女子大学附属高校P・T・A、同附属中学校P・T・Aの共有するところとなつたことは明らかであり、権利能力なき社団の財産関係をもつて総有と解すると否にかかわらず、両P・T・Aはその構成員の意思に基き随時本件土地を処分できるものであることは敢て詳述するまでもない。而して、前記(一)(1)に認定したように右P・T・Aが登記簿上財団法人生和会の名義を借用したとしても、生和会との関係においてP・T・Aが自由に本件土地を処分し得る権限を留保している以上は、その登記名義の如何にかかわらずまた生和会の同意の有無を問わず両P・T・Aが共同して随時本件土地を第三者に売却できることも言うまでもないところであるから、原告は前記(一)(3)に認定したとおり本件土地の所有者である両P・T・Aからその所有権を取得したものであることは明らかである。しかも原告は本件土地について所有権取得登記を了えているものであるから(この点は当事者間に争いがない)すでに対抗要件をも具備したものというべく、その登記が現在の権利関係に合致している以上は、たとえそれが真実の権利者でない生和会からの移転登記であるにせよ、また仮に生和会の無権代理人の手によるものであつたとしても、結局その対抗力に消長を来すものではない。

これに反し、被告は、善意の第三者との関係では財団法人生和会をもつて本件土地の所有者とみるべきであるから、生和会から譲受けない以上原告が本件土地の所有権を取得すべき理由がなく、生和会は斯る譲渡をした事実はなく、少くも有効な所有権の移転はあり得ないと主張するけれども、生和会が登記簿上本件土地の所有者として表示されている間に生和会からその所有権を譲り受けかつこれについて登記を経由した善意の第三者が存在しない以上は、真実の所有者である前記P・T・Aから本件土地を譲受けかつ登記をも備えた原告の所有権取得を否定する理由はない。もつとも前記P・T・Aが本件土地等を買受けるに際し、財団法人生和会の名義に所有権取得登記をしたことは、それが典型的な通謀虚偽表示であるかどうかは兎も角としても(中間省略の形式で生和会へ所有権の移転があつた旨の通謀虚偽表示と解すれば当然に)民法第九四条第二項の法意に鑑み、生和会が所有者としてなした各種処分行為の効力はこれを否定できないものと解するのが相当であるが、同条項の趣旨は、これによつて善意の第三者が取得した権利は害われないというにとどまり、仮に生和会が須藤および松本のため本件敷地について借地権を設定したとしても、その借地権は正当な所有者から設定を受けたものとして有効であるというにすぎず、これによつて当然に真実の所有者である前記P・T・Aの所有権が消滅するわけはなく、ただ後日虚偽表示の状態が解消されたときにも、前記P・T・Aおよびその承継人である原告はこの借地権を対抗される結果となるにすぎないものと解するのが正当である。これと見解を異にする被告の主張は採用できない。

(三)  なお附言すれば本件土地は生和会の名義で登記されてはいたけれども生和会との間では、その所有権は両P・T・Aに留保されていたことは前示認定のとおりであるから、善意の第三者との関係では格別、生和会内部の問題としては同土地が生和会の定款にいう「普通財産」に該当するものではない(現実に斯る普通財産として経理上処理されていた形跡もない)から、本件土地について生和会名義から原告名義へ所有権移転登記手続がなされる際は生和会の定款所定の手続が履践されなかつたことはむしろ当然の態度であつて、これに反する被告の主張は失当である。

三、進んで被告が主張する本件敷地の占有権限について判断する。

(一)  証人村重嘉勝、同稲枝豊彦、同松本英子(ただしその一部)の各証言およびこれら各供述により真正に成立したと認める甲第八号証の一、二≪省略≫を綜合すると、

(1)  お茶の水P・T・A(したがつてその改組後の前記両P・T・Aを含む)は財団法人生和会の名義で昭和二四年九月一日訴外須藤庄蔵に本件敷地を賃料一ヶ月百十九円、期間二〇年普通建物所有の目的で賃貸し、須藤かねが右地上に本件建物を建築所有するに至つたが、昭和三二年三月一九日訴外松本英子に右建物および借地権を売渡したこと、そこで前示P・T・Aは須藤の場合と同様生和会名義で同年四月一日右借地権の譲渡に承諾を与えかつ松本との間で賃料を一ヶ月金五百十三円に改訂したこと(甲第八号証の二)、しかしながら松本は本件土地の賃貸したがつて所有者は、生和会であると信じており、右賃料の収納事務を担当していた稲枝豊彦等も格別本件敷地がP・T・Aの所有であつて生和会の名義のみ借用している事情などは話さなかつたこと。

(2)  被告は昭和三三年四月二三日(登記原因には同月三〇日と表示)その妻名義で松本から本件建物をその借地権と共に代金百五十万円で買受け、その際松本はその責任において借地権の譲渡につき地主の承諾を得ることを約束したこと。

(3)  そこで松本はその頃お茶の水女子大学附属高校の事務官で当時生和会名義で本件賃料の収納事務を担当していた前示稲枝や、同附属中学校の教諭で同P・T・Aの役員を兼ねていた村重嘉勝に面会し、本件建物を売却するので借地権の譲渡について承諾してもらいたい旨を申し入れたところ、稲枝、村重とも積極的に拒否の意向を表明はしなかつたけれども、承諾も与えず確答を後日に延ばす態度をとつていたこと(当時すでにP・T・Aは本件土地を売却するため買主を物色し、もしくはすでにその折衝を初めていたので承諾が与えられる可能性は極めて薄かつたので、このように両名とも態度を濁したものと推認される。)

(4)  また被告およびその妻も同年五月から七月にかけて、合計四、五回にわたり稲枝または村重に会い本件敷地の地代を提供し、受領を求めたけれども、その都度土地の所有者は実はP・T・Aであり、会議にかけて決議されるまでは確答できない等と口実を設けて受領を拒まれ、結局借地権の譲渡について承諾を得られなかつたこと、なおその頃、本件敷地を買取る意思があるかどうか打診されたこともあつたが、被告は本件建物を買受けた直後なので、にわかに応諾しかねていたこと、

がそれぞれ認められる。

(二)  被告は生和会が稲枝を介して(使者又は代理人として)借地権の譲渡について承諾を与えたもののように主張するけれども、被告の立証は勿論本件各証拠によつても未だ稲枝がそのような承諾の意思を積極的に表明しもしくは伝達したことを認めるに至らない。また被告は稲枝を介して生和会が黙示の承諾を与えたもののように主張するけれども、稲枝は、被告ないし松本からの数次にわたる賃料の提供、借地権譲渡の承認の求めに対しても辞柄を設けてこれに応ぜずに居たことは前示認定のとおりであるから、たとえ被告が本件建物を買受け居住を始めた時から、原告が本件土地を取得するまでの間生和会から格別土地明渡の要求や、借地権譲渡の承認の拒絶がなかつたからといつて直ちに右譲渡について黙示の承諾を与えたものと解することはできない。

それ故また、稲枝が生和会の代理人として借地権の譲渡につき承認を与えもしくは黙示の承諾を与えたことを前提とする被告の表見代理の各主張も、稲枝にそのような事実が認められない以上、その余の点につき論ずるまでもなく失当である。(これらの判断を左右すべき証拠はない。)

このように被告は前記P・T・Aとの関係では勿論のこと、生和会に対する関係においてさえ、これに対抗できる正当な占有権原を取得したものとは認められないから、たとえ本件土地したがつて本件敷地の所有権の帰属の関係につき善意であつたとしても、結局原告に対抗できる占有権原を取得したものとは言えず、被告の右抗弁は失当である。

四、(一) しかしながら被告の前主である松本英子が本件敷地について原告の前主である前記P・T・Aに対抗できる借地権を有していたことは前示認定のとおりであるところ、同P・T・Aおよびその後本件敷地の所有者となつた原告において松本から被告に対する借地権の譲渡に承諾を与えなかつたことは本訴弁論の経過に照らし明らかであるから、被告のなした昭和三五年三月二二日の本訴第一回口頭弁論期日における本件建物の買取請求は有効であり、これによつて本件建物の所有権は原告に帰属するに至つたものと認めるべく、したがつて右買取代金の支払を受けるまで本件建物を留置する旨の被告の主張は正当である。

(二) そこで本件建物の買取代金額について考えるに、鑑定人深田敬一郎の鑑定の結果によれば、買取請求のあつた昭和三五年三月当時の本件建物自体の価値は、いわゆる復成式方法によつて算定すれば金八十一万二千百円相当、同様方法により借地権のある場合の価値は金百八十九万七百円相当と認められる。

ところで借地法一〇条にいう買取請求の場合の建物の価格は、同条の立法の目的に鑑み、建物としての取引価格を指すものと解するのが相当であるから、借地権の価格が算入されないのは事柄の性質上やむを得ないとしても、特定の場所に存在する建物としての利用価値は買取代金額の決定にあたつて充分考慮されなければならない。それ故建物の取引にあたつて一般に考慮されるところのものすなわち間取り等の建物の構造自体からくる使用上の便利、交通の便宜および環境(本件では住宅として)の良否等の場所的利益が当然斟酌されなければならないと同時に、建物の取引価格の形威にあたつてはその地方における建物の需給関係も見逃せない要素であるから、これらの点を考えるならば新築費から経過使用年数に応じた減耗率を控除したものが即建物の取引価格であると断定することは早計と言わなければならない。

そこで当裁判所は前示復成式方法によつて算定された建物の価格を基準とし、なおその鑑定理由により明らかになつた本件建物の構造(これからみれば本件建物は中級住宅と認められる)、その環境および交通の便において住宅として秀れていること(同鑑定の理由により明らかなとおり、都電の停留所に近く、地下鉄の最寄駅まで徒歩四分の距離にあり、しかも電車通には直面せずその裏通にあたる一間半の公道に接し、附近一帯は中小住宅地である。なお文京区大塚の一帯は著名学校が多く文教地区と目されているところで都心への交通も至便なことは周知の事実である。)なお、東京都における斯る中級住宅に対する需要は依然として根強いことをも参酌し、本件建物の買取代金額は金百十万円をもつて相当と認める。鑑定人深田敬一郎の鑑定理由中、住宅用建物については固有の場所的利益は考えられないとする見解は採用できず他に以上の判断に反する証拠はない。

五、本件敷地の賃料相当額が一ヶ月金五一九円であることは当事者間に争いがなく、原告が昭和三四年八月七日本件敷地の所有者となつたこと、被告が同月八日以降原告に対抗できる正当な権原なく本件敷地を占拠していることは前示認定のとおりである。(占拠の点は当事者間に争いがない)しかしながら被告は、本件買取請求のあつた日以降は、その主張するように本件建物の留置権に基いて建物を占有する結果として本件敷地をも反射的に占有するにすぎないからそれが不当利得を生ずることは格別、不法行為となるものではないから、原告の賃料相当の損害金の請求は、昭和三四年八月八日から昭和三五年三月二一日まで一ヶ月金五百十九円の割合で支払を求める限りで理由があり、その余は失当である。

六、よつて原告の本訴各請求は、被告の買取請求権行使の結果、買取代金の支払と引換に本件建物の明渡を求める請求およびその所有権取得から買取請求までの間の賃料相当の損害金請求の限度で理由がありこれを認容すべく、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担は民事訴訟法第九二条を適用し、仮執行の宣言は相当でないと考えるので附さないこととし主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 山本和敏 裁判官野口喜蔵は転任のため署名捺印できない。裁判長裁判官 石田哲一)

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